voldenuit12’s diary

平和、社会情勢、趣味、アート、音楽、映画、読書のことなどつらつら書いていきたいな

心の病

私の心の病、案外重症。

うつが酷いの。中学でうつにかかって、高校生の頃はほとんど登校拒否でろくに勉強できなかった。

最近もうつなのかな。体が重い。朝ダルくて体が動かないんですよ。仕事も休みがち。

何でこんな目にあうんだろう?宗教の観点からみれば業が深い。前世で悪いことばかりしてきたから、重い宿業を背負って生きなきゃいけないみたい。この世は輪廻転生して、過去世に行った悪い結果を今世であがなうという。生まれつき愛情に恵まれてヌクヌクと育っていく人もいる。金銭的に裕福で何の苦労もなく育って行く人もいる。私は両方持ち合わせていないし、学力もなかった。ただ、考えるのが好きなだけ。本を読んでいるわりにはボキャブラリーが少ないし、自分の文章が稚拙なことも良くわかっている。ただ、文章を書くのが好きなだけ。もう、14年くらいブログを続けてきたんだから、いい加減、文章も上手くならないといけないのに、まだまだ、稚拙。最近は文藝春秋しか読んでいないかなぁ。小説なんてほとんど読んでいない。頭良くないんだ。ツイート見ていても感性豊かに少い言葉でズバリと発言する子もいるのに、私はそんな才能もっていやしない。分かっている。自分は大して頭が良くないことも。

まともに育っていたらなぁ。

こう思うこと数千回。昔から本が好きだった。だから、勉強に集中出来なくても、本だけは読んでいた。幼い頃に読んで印象的だった本が作者は誰か知らないけれど、ユゴーの「レミレザブル」のヒロインを描いた「コゼット」だった。幼い頃に苦労して、お人形さえも買ってもらえずに働かされていたヒロイン、コゼット。でも、ジャンバル・ジャンに助けてもらって裕福に生きていくヒロインが羨ましかった。私の家なんて貧困層でさ、りかちゃん人形の着せ変える服さえ持っていずに、たくさんの服を持っている友達が羨ましかった。女の子にはお人形は一番大切なおもちゃ。私はもし、裕福に育っていたら本格的なお人形を買ってもらっていたと思うんです。あの高級なフランス人形みたいな人形を。まぁ、魂が乗り移って、呪いの人形みたいになったら、怖いんだけれど、私は空想の世界で遊ぶのが好きだった。正直、小学4年生になるまで確かお人形やままごとで遊んでいたと思う。運動が苦手でいつも一人部屋でお人形さん遊びとか200円の指輪で空想の中で王女様になっていたり。赤い指輪がほしかったの。私の指輪はいつも青か緑。いつもお姉ちゃんに女の子の色、赤やピンクの指輪は取られたんです。だから、仕方なくいつも青や緑の指輪で遊んでいた。その時から、指輪が特別だった。いつか、女の子の指輪をはめて王女様になるんだって祈っていた。でも、あの空想を破るほどの現実なんてなくて、今じゃ普通に生きれない。

幼い頃に何で母親は私を守ってくれなかったんだろう?何で私は中学で病にかかって勉強出来なくなってしまったんだろう?あの頃に勉強に集中できていたら、今と違った人生があったのに。心の病さえなければ普通に生きれたのに。幼い頃に幻想の中で遊んでいた私はいつかシンデレラになれることを祈っていた。

でもさ、現実はそんな甘くない。

もう、アラフィフ。


で、最近は母親の体調が思わしくなくて、母親の体調が不安な日々。だからかな、最近はうつが酷い。私はいつも大切な人を失うと体が動かなくなってしまう。父が亡くなった時も体が動かなかった。彼氏と別れた時なんか2年間歯を磨くことすらしんどかった。毎日毎日辛い現実を突きつけられて、愛する人を失うとき、私のからだは突如動かなくなってしまう。

母を失ったらどうなるんだろう?

いつも、「勝つんだがね」って言う母親。愚痴一つこぼさずに毎日毎日歯を食いしばって生きる母親。驚くほど純粋で美しい心を持った母親。母親に嫌みを言われたことなんてない。腹違いの姉のことすら悪口言わなかった。あんな姉のお陰で私はこんなに苦しんでいるのに、母親は文句一つ言わない。私は父親が好きだったけれど、でも、ある反面父に憎しみさえ抱いていたことがあった。

何で母親を大切にしないの?

って。家事炊事が絶望的な母親だったけれど、そんな母親を大切にしない父が嫌いだった。今、母が90歳になって、娘に世話されて幸せそうな表情を見せるけれど、お母さんはどれだけ苦労してきたんだろう?って。家事炊事が絶望的でも、献身的な母を見ていて私も母のように献身的な母親になりたかった。亭主関白で父がしっかりと家庭を守って、女性が旦那を支える家庭に憧れていた。

それって男女平等だから出来ることだと思っていた。

話がそれてしまったけれど、私が幼い頃に描いた未来とは正反対の生活を送っている。惨めな生活。

でもね、諦めていないの。アラフィフだろうと、まだ、これからがある。これから、自分の未来を描いていくんだ。宇多田ヒカルさんのこの曲

「青い空が見えぬなら 青い傘を広げて
いいじゃないか キャンパスは君のもの
白い旗は諦めたときにだけかざすの
今は真っ赤に誘う闘牛士のように」

colors 宇多田ヒカル

まだ、終わってない。これからがあるんだ。これからが。

未来は自分で描くもの。

自分の運命に腐らず、諦めず未来が光に溢れた世界を描いていくの。

戦うことまだ諦めたわけじゃない。

母親を失うこと凄く怖いけど、母を失っても自分の足で自分の運命を歩いていくんだ。

心の病抱えて、口舌ジストニアになって、普通に働けなくて踏んだり蹴ったり。時々自分の運命を恨んだりもする。宿業が深いなって、思う。でも、その宿業が使命に変わるという。自分の運命に打ち倒されそうになるけど、私はまだ諦めない。もちろん、こういう私を笑う人もいる。一般人以下だって嘲る人がいる。

障害を抱えたら、その分だけ強くならなくちゃいけないんだよ。

誰も助けてくれない。

みんな笑うんだから。

それが人間界。人の不幸を楽しみながら口を大きくあけて、笑いながら待ち望んでいるんだよ。人間が不幸のした這いずり回ることを。

泣き言言ったって何にもならない。

前を向くんだ。強くなるんだ。試練に勝つんだ。誰かを頼ることやめた方がいい。

障害がある分だけ強くならないといけないんだ。

幼い頃に夢見たシンデレラ。魔法なんてない、現実。

でもそんな現実に負けないで立ち上がっていくんだよ。

人生の勝敗は最後まで走った人間が勝ちなんだから。


「それはこの世には幸福もあり不幸もあり、ただ、あるものは一つの状態と他の状態の比較に過ぎないことなのです。きわめて大きな不幸を経験したもののみきわめて大きな幸福を感じることができるのです。マクシミリアンさん、生きることがいかに楽しいかを知るためには一度死を思ってみることが必要です。

人間の英知は全て次の言葉に尽きることを忘れずに

待て、しかし希望せよ」

モンテ・クリスト伯

デュマ




自分の苦しみとの戦い。まだ、諦めたわけじゃない。まだ、白旗あげてない。這いつくばってでも前に進んでみせる。